親鸞会の布教方法は様々

親鸞や釈迦の思想を忠実に伝えることを目的とする親鸞会、昭和33年に設立され、60年以上の歴史と伝統のある団体です。その布教の方法はとてもオーソドックスなものが主でした。ただ、最近の親鸞会は新しい布教方法やメディアの活用を行っており、親鸞会自体が変わってきていることを示唆しています。

その理由は何なのでしょうか、また具体的にどのような方法を用いているのでしょうか。親鸞会の説明を簡単に行い、親鸞会の布教のやり方の基本を見ていきましょう。はじめに紹介するのは、講座と座談会による親鸞や仏教思想の勉強会です。

もっとも基本的なのは講座と座談会

親鸞会とは浄土真宗親鸞会のことで、富山県に本拠地があります。親鸞は鎌倉時代の初期から中期にかけて活躍した宗教家です。法然を師に持ち、彼の広めた念仏をさらに深めました。阿弥陀への帰依を意味する南無阿弥陀仏という念仏や、悪人こそが救われると説いた「悪人正機説」で有名です。

そんな親鸞聖人の思想を正しく伝えたいと思い作られたのが親鸞会になります。創設者は高森顕徹氏(現会長)で、1958年に設立されました。当時の布教方法は、講座と座談会です。そして、このスタイルは今でも引き継がれています。

親鸞会では北は北海道から、南は九州沖縄まで講座や法話が開かれています。場所は全国にある生涯学習センターや公民館、市民館などを用いていることが特徴です。そのため、親鸞会のひとつの特徴として公共施設を利用しながら市民に向けた教育事業のようなことを行っていると説明できます。怪しげな宗教団体ではありません。

今までの参加者には様々な人がいますが、海外から親鸞の思想を学びにくる人が多いことも特徴です。例えば、川端康成の「雪国」を翻訳したサイデンステッカー氏は有名でしょう。海外の蓮如研究家も講座の受講者であり、アカデミックな人間にも関心を持たれていることが分かります。

ド迫力の映像コンテンツで学ぶ

親鸞会の本部は富山県射水市にあります。親鸞会館と呼ばれている本部会館は2004年に竣工したまだ新しい本堂であり、仏教のイメージを大きく変えるような近代的な外観が特徴的です。ここには仏教系の本堂としては世界最大級の約2000畳の大講堂があります。施設も非常に充実しており、446インチのLED大型ビジョンは目玉のひとつです。

正本堂は毎月法話や座談会を開催しており、ここで仏教に関連した映像コンテンツが放送されています。他の宗教施設にも映像コンテンツを放送するところは多いですが、ほとんどがプロジェクターをスクリーンに投影したものがほとんどです。大講堂はLEDになるため、2000畳あるスペースの最後方で視聴してもくっきりと見えます。

ここに招かれている講師陣も豪華なもので、親鸞会の講師陣はもとより大学の親鸞研究者や著作家など様々なエキスパートが招かれています。正本堂から徒歩10分ほどのところには法輪閣があり、ここは小部屋が多いので座談会や交流会でよく利用される施設です。高岡市には高岡会館という旧本部会館があります。このように親鸞会館の周りには、様々な親鸞会の施設があり学びをさらに広げることができるでしょう。

漫画やYouTubeにも参戦

親鸞会は独自のホームページで会の活動や施設の紹介などを報告しています。このように現在のインターネット時代にすぐに対応しているところです。最近はまた新しい取り組みを始めました。そのひとつが漫画です。公式ホームページには親鸞や釈迦の教えが学べる漫画が掲載されています。登場人物は高校に通うミカやユイ、そして仏教に詳しい迷海さんです。

ミカやユイが日常を過ごしていてふと疑問に思ったことを、迷海は親鸞の教えからそれに応えます。この漫画のなかで、親鸞思想の根幹とも言える悪人正機説や煩悩についての考え方を学べます。また、親鸞の生涯や性格などについても親しみやすく紹介されているため、入り口にはピッタリでしょう。

もうひとつ、親鸞会はYouTubeに公式チャンネルを持っています。チャンネルでは施設の紹介や講座の様子など映像コンテンツならではの動画が配信されており、新しいメディアに関心が高いです。もちろん、講座や法話といった布教活動も熱心に行っていますが、それでは若い人になかなか届きにくいため漫画や映像コンテンツなど新しい挑戦を行っています。親鸞もこれまでの慣習を打破し、新しい思想を開拓した思想家になるので、親鸞会の取り組みもまた思想に忠実なものと言えるでしょう。

まとめ

クオリティ・オブ・ライフという言葉が定着したように、最近は生活の質やそもそもなぜ生きるのかなどが問われる時代です。しかし、現在の非常に高度化した科学でもその答えは与えられません。その専門領域と言えるのが哲学や宗教です。親鸞聖人は、この「生の理由」について徹底的に洞察した宗教家と言えます。

仏教には四苦八苦という考え方があり、釈迦は人生には決して綺麗事では説明できない理不尽や不幸があるのだと説きました。親鸞はその思想を受け継ぎながら、それではいかに生きるのかについて優れた洞察を残しており、それは現在も古びていません。生きた親鸞を学べる場である親鸞会は貴重な学びの場と言えるでしょう。

参照ホームぺージ
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